宮坂直孝(みやさか なおたか)氏
慶應義塾大学卒業、MBA取得。創業1662年、長野県諏訪市にある造り酒屋の老舗「宮坂醸造株式会社」の代表取締役社長。諏訪大社のご宝物「真澄の鏡」を酒名に冠した「真澄」は美酒として海外でも人気。2000年より清酒の海外輸出に本腰を入れ始め、日本食ブームとあいまって、フランス、ニューヨークなど、世界20カ国への輸出売り上げが順調に伸びている。
「日本酒を世界酒へ」をキーワードに、世界に向けて「日本酒文化」を発信中。

江戸時代、諏訪高島城の御用酒屋だった宮坂醸造は、大正中期には、駄酒(だざけ)屋と言われるまでに落ち込み、倒産の危機に直面した。宮坂直孝社長の祖父が広島の酒蔵見学に出かけ、徹底的な品質改善を行った結果、昭和10年代には、監督官庁である国税庁主催の品評会で「真澄」が日本一を獲得し、同社が立ち直る大きなきっかけとなった。その後、宮坂氏の父が工場の機械化、コンピューター導入など作業工程の合理化と、新聞テレビなどマス媒体を使った積極的な広告展開で新境地を開き、経営を軌道に乗せた。
現在は、国内に2蔵、香港に1支店があり、1年で、110万本(11000石)を生産販売している。あまり大きくすると良いお酒ができないので、今の規模を維持していきたい。シェアは長野県50% 県外45% 海外5%である。
海外のワイナリーでは、蔵を見学し、併設されたレストランでワインを飲み、食事をする、という「ワイン カントリー ツーリズム」が常識になっており、ワインと消費者の関係をフレンドリーにし、地域への貢献度も大きい。一方日本の酒蔵は、あまりに閉鎖的で、風格のある屋敷や庭園があるのに、公開しない。問い合わせがあるのに、消費者には冷淡。そこで、古い事務所を改築して、日本酒の種類や製造工程、飲み方などを紹介するファクトリーショップ「セラ真澄」を作った。ここでは日本酒の有料テイスティング、酒器や無添加の肴や味噌を販売している。口コミでお客様は年々増えている。
日本の先祖が長い間かけて培ってきた酒器や酒の肴、酒席の遊びを失ってしまったら、日本の食文化はつまらないものになってしまうので、酒周辺文化の保持と普及に努めている。酒そのものが主役ではなく、酒を取り巻く空間と時間が大事。海外の人々はそういうことをとても大切にしているし、興味をもっているので、見習いたい。何よりも本物を作る職人を大事にしたい。日本がつまらない大量生産の国にならないためにもそう考えている。
ビール、ウイスキー、焼酎などの勢いに押され、順調だった日本酒の売り上げに翳りが見え始めた1995年前後。富山の造り酒屋の友人と共にフランス・イタリアのワイナリー見学に行く。フランス・イタリアでは、オーストラリア、南アフリカ、チリ産ワインに押され、ワインの消費量が落ち始めた頃だった。1999年、フランスでワインの展示会に初挑戦し、日本酒ブースを出展したところ大盛況だった。その後、英文と仏文パンフレットやDVDを作成し、何度か出展を繰り返すうちに商談が増え始めた。スイス航空やリーデル(オーストリアのワイングラスメーカー)、JAL、ANA、ジェトロなどの他、ロシアからも引き合いがくるようになり、日本酒の世界酒化に一歩一歩近づいている手ごたえを感じる。
海外との取引が増えたことにより、諏訪本社にアメリカ人とフランス人の社員、香港に現地社員を2名配属している。海外のワイナリーのオーナーから、「日本の大企業のエグゼクティブはワインについては詳しいが、日本酒について尋ねると何も知らないので非常に驚く」と言われたことがある。海外ではそういう人は幹部になれないという。言葉とともに日本の文化をきちんと語れるような語学力を身につけてほしいと願う。
| ★ 感 想 ★ |
最近の日本の食卓事情の変化を嘆く宮坂社長のご意見に同感しました。大人も子どもも忙しい個食・孤食の現代にあって、家族揃っての食事や晩酌になかなか時間を費やせないのでしょう。食卓は栄養補給の場ではない。チャットの場所である。お酒もコミュニケーションのツール、スモールトークにお酒があると心が開く。ほんとうにその通り、社長のこのお言葉を強い味方にして、楽しく日本酒をいただいております。 |