
終戦を迎え、焼土と化した東京でみたアメリカ映画。スクリーンいっぱいに広がる映像はまるで別世界、すぐにとりこになりました。中学校から始まった英語の授業は、教科書中心の勉強であまり好きではありませんでしたが、2年生になって、作文や和文英訳中心の授業になると、俄然英語が好きになりました。その後大学の英文科に進学しましたが、ほとんど毎日映画館通い。大学卒業後は、かねてから興味のあった映画字幕の仕事を得るため、映画会社への就職を希望しましたが、意外にもここは男性社会で、仕方なくアルバイトとして過ごしていました。
そんな折、ある外国人俳優の記者会見で通訳をする機会がありました。それまで、まともに英語を話したことがなかったのですが「英文科を出ている」という、ただそれだけの理由でまわってきたようです。しかし結果はさんざんでした。落ち込んでいるところへ、再び通訳の依頼が入りました。理由は「あの人は映画をよく知っているから」ということでした。字幕の仕事より通訳の仕事の方がメインのような生活を送っていました。
そして、転機が訪れました。「地獄の黙示録」のロケへ通訳として同行した際、フランシス・コッポラ監督が「彼女、字幕がやりたいらしいから、やらせてみたら?」と、私を推薦してくださったのです。この一声で映画会社は大騒ぎになりましたが、監督の推薦を断れるはずもありません。結局この大仕事を経て、字幕の仕事は、年1、2本から1週間で1本という忙しさに一変しました。
翻訳の仕事で最も大事なのは「日本語」です。映画に集中してもらうためには、原文に忠実に、エッセンスを活かし、しかも短くわかり安く表現することです。みなさんが「その映画、観たい!」と思ってくださるような字幕をつけることは、とても大変な作業です。
「日本語」の力をつけるために、良い日本語の本をたくさん読み、そして書いてください。
「英語」でも同じです。会話は、基礎構文を頭に入れて、ある程度語彙力があれば何とかなるものですが、書くとなるとそうはいきません。会話は空中に消えてしまいますが、書いたものは残ります。当然、間違いも歴然と残るわけです。だから力がつきます。
私はとにかく自分が楽しみたいんです。ラジオから聞こえる歌の歌詞を書き取って歌う。今のようにCDや歌詞カードなんてありませんから、書き取るしかない。ヒアリングの勉強のためではなく、その歌を歌いたいから書き取る。映画が大好きだから、そこから英語力を深めていったんです。
語学の勉強にショートカットはありません。基礎が大変重要です。そして目標に無理がないこと。三日坊主だったり、いやになってしまったらおしまいです。ずっと好きでいられるように、工夫してください。好きなことだったら続けられるでしょう?